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福岡地方裁判所直方支部 昭和44年(ワ)13号 判決 1971年8月04日

原告

李照煥

被告

田代実

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告訴訟代理人

「被告は原告に対し金二、二〇万一、九三一円及びこれに対する昭和四二年四月一六日より右完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに一項につき仮執行の宣言

被告訴訟代理人

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、請求原因

原告訴訟代理人

一、原告は昭和四二年三月直方高校を卒業し、同年四月から父親の経営する吉野商店にて同店の自動車運転手として勤務していたものであり、被告は直方市の市議会議員である。

二、原告は昭和四二年四月一五日午前一一時三〇分ころ、普通貨物自動車を運転し、津田町方向から植木方向にむけ進行中、直方市新知町六の六三番地にさしかかり、前車が右折のため一旦停止したのでこれに続いて停止したところ、後方より進行して来た訴外田代美保子の運転する普通乗用自動車(北九州五ふ四四二一号)に衝突されその結果鞭うち症等の傷害を受けた。

三、右乗用車は訴外栗田義美の所有するものであるところ、被告は当時直方市市議会議員選挙に立候補し、選挙運動に利用するため右自動車を右訴外栗田より借り受け、右訴外田代美保子に運転させ、選挙運動のため利用中、本件事故を惹起したものであり、被告は自動車損害賠償保障法第三条本文の運行供用者の責任あるものである。

四、原告の昭和四四年二月一〇日現在の損害は左のとおりである。

(一)  休業補償 金五五万三、八四五円

原告は右吉野商店にて勤務中一日八三三円(一ケ月金二万五、〇〇〇円)の賃金を得ていたが、本件事故のためその翌日以後昭和四四年二月一〇日までの六六五日間休業を余儀なくされ、賃金の支給を受けていない。

(二)  治療費、入院費、診断書作成費金一四万八、〇八八円

原告は

(1) 昭和四二年四月二一日から同年九月一六日までの間直方市知古一丁目一の一、古賀外科病院に通院加療し

(2) 昭和四三年五月一日から同年六月二二日までの間右古賀外科病院に通院加療し

(3) 昭和四三年五月八日から同年六月二〇日までの間直方市津田町九の三八、西尾一三医院に通院加療し

(4) 昭和四三年六月二三日から同年七月一四日までの間福岡市大字名島石井英水方にて一二日間の入院、七日間通院加療し

(5) 昭和四三年七月一六日から昭和四四年一月一二日までの間小倉区赤坂第一、市場義男方に通院加療し

(6) 昭和四三年八月一〇日から昭和四四年二月一〇日まで八幡区東通町五丁目一一三四の一内村医院に入院加療し、そのため金一四万八、〇八八円の治療費、入院費等を支出した。

(三)  慰謝料 金一五〇万円

原告は目下前記内村医院にて鞭うち症、右撓骨神経麻痺等のため入院中であり、次のような症状にある。

即ち、原告の右手の握力は左手が三〇のところ二〇しかなく、腰は一〇分も座つていたら痛くなり体をねじつても痛く、首も後に曲げると痛く、頭は常に芯が痛く、体全体がだるい。

右のような症状で事故以来昭和四三年八月まで約二七ケ月通院ないし自宅療養をし、更に約七ケ月の入院治療を受けたが、将来右症状が完治するかどうかは不明の状況にある。右のとおり本件事故により原告の受けた精神的損害は大きく、これを慰藉するには少なくとも金一五〇万円をもつて相当とする。

五、よつて原告は右損害合計金二、二〇万一、九三一円およびこれに対する事故発生の翌日である昭和四四年四月一六日より右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、答弁

被告訴訟代理人

一、請求原因第一項中被告が直方市の市議会議員であることは認めるがその余の事実は不知。

二、同第二項中交通事故の発生は認めるが、右事故により原告が受傷したことは不知。

三、同第三項の事実中、事故車が訴外栗田義美の所有であることは認めるが、その余の事実は否認する。

四、同第四項の事実は不知。

第四、証拠〔略〕

理由

一、原告主張の日時場所において訴外田代美保子運転の普通乗用自動車が被告運転の普通貨物自動車に衝突し交通事故が発生したこと、訴外栗田義美が右訴外田代美保子運転の普通乗用自動車(以下加害車両という)の所有者であることは当事者間に争いがない。

二、そこで被告が自動車損害賠償保障法第三条により運行供用者として本件事故により発生した損害の賠償責任があるかについて考えるに

1  〔証拠略〕には、本件加害車両は同訴外人の父である被告が昭和四二年四月一八日から行なわれる直方市議会議員選挙に立候補するので選挙運動用に事故発生日の一〇日程前から訴外栗田義美より借り受けていたものであるが、事故当日訴外田代美保子が選挙のために応援に来てくれた人のために出す菓子を買うために加害車両を運転した旨の供述記載があり、

2  〔証拠略〕には本件加害車両は昭和四二年四月一三日より訴外田代美保子に、その父である被告の選挙運動に使用させる目的で貸与した旨の記載がある。

右各記載は原告主張の被告が訴外栗田義美より本件加害車両を選挙運動用として借り受けていた事実を立証するに足る有力な証拠である。

三、しかし、

1  証人田代美保子の証言中には、

訴外栗田義美は同証人と親族関係にあるところ、以前数回本件加害車両を借りたことがあつて事故当日父の選挙と関係なく訴外栗田義美方に本件加害車両を借りにおもむき、同訴外人の妻栗田フジエより夕方までの約束でこれを借り受け、同証人の姉裕美を同乗させて同証人は服地等を、裕美は菓子を買うため、直方市内に出た、すでに父が選挙用に加害車両を栗田義美より借りる話があつたことは知つていたが、実際にこれを父が使用したのは昭和四二年四月一八日に選挙公示があつた後、別に運転者を雇つて利用したもの、乙第一七号証の調書は事故後一年六月程経過した後に作成された旨の供述があり、

2  証人栗田フジエの証言中には、

事故発生当日訴外田代美保子が同証人方を訪れ、加害車両を夕方まで借りたいというので以前数回貸したこともあり、所用もなかつたので貸した、事故後修理が済んで一旦同証人方に加害車両を戻した、旨の供述があり

3  証人栗田義美の証言中には

昭和四二年四月上旬ころ、被告より選挙運動用に本件加害車両を貸与されたいとの申入れを受け、同証人もこれを容れ、同証人の知人を運転手とし、運転手つきで貸与する旨約束したが訴外田代美保子が事故当日加害車両を借り受けに来たことを同証人は知らない、加害車両の修理済みの後、一旦これを同証人方に戻しその後数日して運転手をつけて被告に選挙運動のためこれを貸与した。その後自動車損害賠償保険金請求に必要な甲第二五号証貸与証明書の提出に際し、請求手続を依頼していた訴外松井より保険金請求に必要であるといわれ、又貸与の理由として選挙と書けば手つとり早いといわれたので松井の書いた右貸与証明書に捺印した旨の供述があり

4  被告本人尋問の結果中には

被告は直方市議会議員選挙に立候補する意図を持つていたところ、選挙公示が昭和四二年四月一八日に行なわれるところから、訴外栗田義美に右選挙運動に使用するために本件加害車両の貸与の申入れをしていた、被告は公示と同時にこれを利用するためあらかじめ右貸与申入れをしていたが、事前運動は公職選挙法で禁じられているので、公示の日にこれを借り受けることとし、運転手も地理に詳しい者が必要なので、同訴外人に探してもらつた。訴外田代美保子が加害車両を訴外栗田義美から借りたことは事故後知つた旨の供述がある。

〔証拠略〕に照らして考えれば、これをもつて直ちに被告が訴外栗田義美より選挙運動のため本件加害車両を借り受け訴外田代美保子にこれを運転させ選挙運動のために利用中に本件事故発生に至つたものと認めることはできず、本件全証拠によるも右原告主張事実を立証するに足らず、かえつて〔証拠略〕を綜合すれば、訴外田代美保子は父の選挙運動とは関係なく、もつぱら自己の所用に利用するため以前より時折訴外栗田義美より加害車両を借り受けていたこともあつて、本件事故当日同訴外人方を訪れその日の夕方までの約束で同訴外人の妻栗田フジエよりこれを借り受け実姉裕美と直方市内に買物に行く途中本件事故に至つたものであつて、事故発生の当日以前に、間もなく被告がこれを選挙に利用するため栗田義美より借り受ける約束があつたことは認められるけれども、なお事故当日には被告と訴外栗田義美との間に使用貸借関係は成立していなかつたことが認められ、認定事実によれば訴外田代美保子は被告の実ではあるけれども、本件事故発生当時被告は本件加害車両の所有者でも賃借権その他の権限によりこれを利用する権利を有していたものでもなく、又事実上これを使用していたものではないから事故発生当時の加害車両の運行につき管理支配する権限もなく、又管理支配していたこともなく、従つてその運行により何らの利益を得ていたものでもないから、被告は自動車損害賠償保障法第三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者に該当するものとはいえない。

よつて原告の請求はその余の事実を判断するまでもなく理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早船嘉一)

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